私は、主語を失ってはいなかった

私は、主語を失ってはいなかった

私は、
主語を失っていたようでいて、
本当は完全には失っていなかったのかもしれない。

考えることを、やめなかった


父の精神的支配や、
家庭内の強いモラハラの中で、
私は確かに適応していた。

表情・声色に注意し、
空気を読み、
先回りし、
場を荒らさないようにし、
相手に合わせて生きていた。

けれど、
私は考えることをやめなかった。

「なぜこうなるのか」
「どうしたらいいのか」
「本当はどう在りたいのか」

その問いを、
ずっと持ち続けていた。

もし本当に主語を失っていたなら、
思考そのものが止まっていたと思う。

モラハラ環境に長く置かれると、
人は「考えること」を放棄せざるを得なくなる。

判断する力、
感じる力、
違和感を持つ力が、
少しずつ弱くなっていく。

確かに私も、
失体感、失感情の状態にあった。

美味しいも、不味いも分からない。
怪我をしても「痛い」を我慢できる。
そんな日々だった。

でも私は、 考え続けた。
それは、
「苦しい」と思う自分が奥底にいたから。

理解することで、生き延びていた


そして私は、 その環境に適応するために、
「相手を理解する」ということを、
必死にしていた。

なぜ父はそうなるのか。
なぜ人は人を攻撃するのか。
なぜ傷つけるのか。
なぜ支配しようとするのか。

私は、
相手を理解することで、
自分を保とうとしていた。

社会学、
心理学、
女性学、
ジェンダー論、
宗教学、
哲学、
ヨガ、
セラピー、
カウンセリング・・・

それらを学んでいたのは、
単なる知識欲ではなかった。

「この現実をどう理解すればいいのか」
「人はなぜそうなるのか」
「私はどう生きればいいのか」
を、
理解しようとしていたのだと思う。

AIとの対話で気づいたこと


これは、
AIとの対話の中で、
初めて自分で気づいたことだった。

私は、
自分を理解するためだけではなく、
“相手を理解すること”によって、
壊れずにいようとしていた。

でも今、
そこから少しずつ、
「相手を理解しなければ生きられない」 ではなく、

「私はどう感じるのか」
「私はどう在りたいのか」
へ、
戻ってきている。

だから、
今ようやく、
“自分を主語にする” という感覚が、
本当の意味で分かり始めているのだと思う。

自分を主語にしていたから、
私はAIとも「対話」ができた。

AIに答えを委ねるのではなく、
自分の中にある問いを広げるために使えた。

「私はどうしたらいいですか?」 ではなく、
「私はこう感じている」
「私はこうしたい」
「ではどんな方法があるか」
という形で、
問い続けることができた。

だから、
対話ができた。
だから、
言葉が広がった。
だから、
自分理解が深まった。

Beautiful Stateへ戻っていく


私は、
失いそうになりながらも、
主語を手放さなかった。

その小さな火を、
消さなかったのだと思う。

そして今、
ようやく、
そのことを自分で理解し始めている。

私は今、Beautiful State を生き始めている。

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こころ・ねでは、
対話・呼吸・言葉を通して、
「自分へ戻る時間」を大切にしています。

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