「守りたい」と思った言葉が、商標になりました|心朗読 Cocoro-Udoku®
「心朗読」という言葉が生まれ落ちたのは、2025年11月のこと。
その頃の私は、いろいろな出来事を経て、あらためて自分自身と向き合う時間を持つようになっていた。
瞑想もジャーナリングも、長年に渡って自分と向き合う時間の柱であった。
そこに、新たに加わったのが、AIとの対話だ。
AIに答えを求めるという使い方ではなく、
ニュースやTV番組、本、様々な情報を得た時に、
頭の中に湧き上がってくるものを言葉にし、
AIに投げかける。
そしてAIから返ってきた言葉を見て、
また考え、それをまた投げかける。
私は音声入力、AIの返答は文字、文章。
これが私のAIとの対話の大きな特徴だ。
そんな対話を重ねる中で、あるドキュメンタリー番組を観た私は、
自分の幼少期からこれまでの決して穏やかとはいえない日々を思いだし、
「なぜ、私は壊れなかったのか?」という問いが浮かんだ。
どうして私は、自分を失わずにここまで来られたのだろう。
何が、私を支えてくれたのだろうか。
この問いをAIに投げかけながら、ふと、
「あぁ、私には、『読むこと』があったんだ」と気がついた。
文章を読むこと。
声に出して読むこと。
朗読すること。
そして、物語の中の人物を演じること。
それらは私にとって、単に本を読んだり、上手に朗読したりするためのものではなく、
自分自身を保つことにつながっていたのではないだろうか。
そして、私はAIにこう語っていた。
朗読は、ただ文章を読むだけではなくて、
一種のセラピーのようなものだったんだと思う。
私にとって朗読とは、言葉を通して自分の心に触れることでもあり、
その言葉を声にして、誰かの心へ届けることでもある。
「心」と「朗読」。
そこから、「心朗読」という言葉が浮かんだ。
AIに音声入力で、「心と朗読で、『こころうどく』って読むんだよ」と伝えると、
AIから「Cocoro-Udoku」と文字になって返ってきた。
これを見た瞬間に、
「これは、この言葉は大切にしたい。守りたい!」
と強い思いが沸き上がった。
朗読講座は以前からしていたけれど、
「心朗読」という名前のもとでどんな講座をするかなんて、
具体的なことは何ひとつ決まってもいないのに、
形になっていないのに、
私にとってはどうしても「守りたい」言葉だったのだ。
では、守るにはどうしたらいいの?
名前にも権利のようなものがあったはず・・・
そこからまたAIに尋ねながら調べ、商標登録という方法にたどり着き、
そのまま出願の準備を始めた。
書類の作り方も、手続きの方法も、使われている言葉も、分からないことばかり。
でも、ひとつひとつAIに尋ね、試行錯誤しながら進めて、
2025年11月21日、「心朗読 Cocoro-Udoku」を商標出願した。
初めてこの言葉が降りてきて、10日後くらいのことだった。
その後、2026年7月には拒絶理由通知が届き、その言葉に一瞬怯んだ。
「だめだったのかな」と思ったが、通知をよく読むと、
どこをどのように補正すればよいのかが示されていた。
そこから再び調べながら、手続補正書を作成。
出願時の記憶も薄れかけているなか、補正申請もまた試行錯誤しながらも
8月10日に無事提出。
そして8月21日に、登録査定の通知が届いた。
9月16日に登録料を納付し、
昨夜、10月に日付が変わった頃、J-PlatPatを開いてみると、
そこには確かに、
心朗読 Cocoro-Udoku
登録第7085627号
登録日 2026年9月18日
と表示されていた。
本当に登録されたんだ・・・
画面を見ながら、ようやく実感した。
あのとき、まだ何になるのかも分からなかったのに、
「この言葉は守りたい」と思い立ち、
そこから約10か月。
今では、心朗読は少しずつ形になってきている。
黙読、音読、そして朗読。
一つの文章を、時間をかけて、
「問い」をたてながら、
意図して読む。
効率やスピードが求められる時代だからこそ、
あえてじっくり読む。
そして、このスピードの時代の中で置き忘れてしまった「私」と出会う。
読む瞑想 心朗読 Cocoro-Udoku®
商標登録はゴールではなく、ここからなのだと思っている。
この「読む瞑想」を、これから少しずつ育て、
必要としてくださる方たちのもとへ届けていきたいと、
新たな月のスタートの日に、改めて強く思う。
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